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幸も不幸も自分次第長い人生彷徨ってると不平・不満・愚痴が許容量を越えてしまった。これはではいかん!と反省し一日にひとつでもいい。楽しかったこと・嬉しかったこと・感激したことを見つけ心を入れ替え、次年度の準備 5月30日 五月も終わろうとしている月の半分は体調不良で 身体と相談しながらしとやかに暮らしていた。 後半は 再びダイエット宣言をし、ジム通いに火がついた。 「だるま体系になってるよ。」 綺麗な顔をした友人の一言が火元 一番効果があるダイエット法は 「恋」なのになぁ~~ わかっちゃいるけど・・・・・ 4月27日 ばばが電動車椅子84歳のばばが電動車椅子が欲しいと前々から言っていた。
これは・・・買うまで言い続けるぞと
84歳にして前向きに賛同し購入(介護保険でレンタル2800円/月)
小さな庭で練習をさせていた
いいぃ!速度は最低の「2.」こしておくこと。このつまみは絶対触っちゃだめだよ
いいぃ!乗ってスイッチON。OFFして降りるんだよ
口をすっぱくして言い含めた
・・・・・・・聞いてないな。とは思ったが・・・・・・
この庭だと進んで、バック・前進の繰り返しで切り替えしてまた前進
ちょうどいい練習だ。安全だし・・・
誰も見てないほうがいいかと勝手にやらせていたが。。。。
知らぬ間に速度が「4」になっていたらしく
コントロール不能で石に乗り上げ転倒したようだ(これは後でわかったこと)
そんなこんながあって3日後(すなわち昨日)
「転んだときに足の付け根を骨折したようだ。痛くて歩けない
大きい病院へ連れて行ってくれ」と騒ぎ出した。
いつ、どこで転んだの?(で、はじめてわかった)
確かに痛そうだ。芝居ではなさそうだ・・・・
だが!しかし!!あれぇ~?
痛いといってる足(右)を支えに立ってるぞ?????
これを見て骨折はしてないなとわかったが
言い出すと聞かない・否定すると不機嫌になる
ので
「ばあちゃん、行きつけの病院で見てもらって紹介状をもらってそれから大きい病院へ行こうよ」
と・・・・・・
行きつけの病院でレントゲン撮ってもらった。
骨折もひびもなかった。私ほっとする。
二週間でよくなると医者は言うが
もともと糖尿病からきてるパーキンソンで日に日に歩行困難になってるばば
今はほとんど歩くことが出来ない
かわいそうなくらい痛がっている
手かせ足かせで歩行訓練をやめたら年齢からいっても
寝たきり状態になるのは必至。
本人はもちろん介護してる私にとっても一大事!!
なるだけ知らんぷり。知らんぷり。
階下でコトコト音がしてる
ばあちゃんがんばって!と二階から応援
鬼嫁!これでいいのだ!!
4月25日 ばばの嘔吐食べすぎか?ストレスか?
時々嘔吐する。
3週間ほど前、二日続いたので行きつけの病院へ行った
座薬(吐き気止め)や胃腸薬をくれた
座薬を挿入してあげたら、
肛門を刺激されれば誰だってそうなるか?すぐトイレ行って出してしまった、
あちゃぁ~~~
食後(おかゆ)整腸剤を飲んでもまた、嘔吐
間に合わなくて手で受け止め
私の手はどろどろ・・・・床はべちゃべちゃ・・・・
そんな・こんながあって次の日はケロリと治った。
今回は、日曜日10時から16時ごろまでお出かけして帰ってきたら
また、嘔吐したとベットで寝てた。
私のお出かけがストレスになるのか?
こっちがストレスになるぞ!!
様子を見ていたが一向に嘔吐は治まらず
薬の飲み過ぎかも?と気をつけていた。
今朝になって「よくなった」という
安堵していたら
「三日も何も食べていないから歩けなぃ!!野菜スープを作ってくれ」という
前回作っても食べなかったのに・・・・・
と思いながらも作った。
食べたくなったら食べてねと、自室に戻った。
それが気に入らなかったのか?(そばにいて欲しかったのか?)
栄養がつかなぃ!!歩けなぃ!!
病院へ連れて行けっ!!
10日でも2週間でも入院させろっ!!
と興奮して怒鳴る
嘔吐は治ったし、病気でもない人を入院なんかさせてくれないよ。と言っても
興奮は治まらない
一番近くの病院で点滴でもしてもらったら気が済むかな?と連れて行った。
今やってもらってる。2時間後に迎えに行く。
10日といわず・・・2週間といわず・・・・
1年入院してくれたほうが私的には助かるのだが・・・・
世の中そうは甘くありませんね。
それにしても嘔吐の原因はなんだろう?
不明である。
4月24日 ばばの介護も本格的今まではさほど手もかからなかったが
いよいよ本格的な介護の始まりか?
「介護日記」を書き綴ってみよう
というかぶつけようのない愚痴をここにぶつけることになる
最近薬の管理も出来なくなったようだ。
二週間前デーサービスから
「今日は血圧が高いのですが・・・・」の電話で
はじめて、ちゃんと出来てるのかと気にするようになった
日付け・朝食・夕食後を各トレイ(土産の饅頭の空きばこ利用)に一週間分入れた
こうやっておけばちゃんと飲むだろうと楽観
なぜか?朝食用を二日分飲んだり
昼食後は飲む必要ないのに飲んだり
これはまずい!!と
一日分だけ入れるようにした
ところが!!一日分全部を一度に飲んでしまう
ここまでぼけてきたのか?ただ、ただ驚きだ
しっかりしてるところもあるのだが・・・・・
目が離せない。
ばあちゃんこれ(夕食後と書いてある分)は夕食後に飲むんだよ。というと
ここ(食卓の上)においてあるから飲むんだと思ったんだよっ!と・・・・・
きつい顔をして言う
ムカッ!!
3月25日 入院中に読んだ本すべて桐野 夏生 著
OUT
柔らかな頬
冒険の国
ローズガーデン
残虐記
この人の本は精神が壊れてなければ読めないと思う
人に薦められない・・・・そんな気がした。
尋常じゃないもん
そこが魅力なんだけどね。 脳腫瘍 その43/9(金) 術後九日目
退院許可が出た。
現実に引き戻させられる一瞬
帰りたくない。と深いため息が出る
土曜日でも退院できたが
せめて一日でも長くと日曜日退院と決めた
退院の日息子が迎えに来てくれた
帰りスーパーによってお昼ごはんと夕食の材料を買う
家に着いた。部屋に入った。
その瞬間から掃除・選択を始める
はぁ~~これが現実だ。
夕食の材料は買ったものの作る元気・気力はなくなった
息子に弁当を買ってきてもらい済ませる。
翌日は自転車に乗ってもろもろの仕事を済ませる
休む暇などなし
動けるから動いているのだが
むなしさを感じる
ま、これが現実さ
退院後普通に生活して今日(二週間)が過ぎてる
身体的には何の支障もない。ありがたいことだ。
髪の毛もだいぶ伸びた。
3月18日 脳腫瘍 その3一般病棟に戻って
1~2日高熱が続きうつらうつら
熱が下がると身体についてるいろんな管が邪魔になってしょうがない。
管がひとつずつ抜けるたびに
あぁ~~回復に向かってるんだなと実感
尿管を抜いても
「トイレに行くときは必ずナースコールしてください」
赤ん坊でもあるまいし!一人で行けるわぃ
と、一人で行ってものすごくしかられたり
次回からはナースコールをちゃんとした。
胃がむかむかして食欲がないため
点滴が24時間
食事ができたらこれはやらなくていいんですか?
いいという
点滴がいやで一生懸命食べるようにしたが
なかなか思うように食べられなかった。
三本が二本になり、二本が一本になり、ゼロ本になった。
抗生物質の点滴もなくなった。
順調な回復だ。
そうこうしてるうちに術後一週間で「抜糸」
これがまた痛いのなんのって・・・・・
やっと!お風呂に入れるようになった。
怖くて自分で洗髪ができないので
看護婦さんに洗ってもらった。
退院の許可を待つだけの
快適入院生活になった。
気になっていた手足の痺れは絶えることなく続いてる
先生に言って腰のMRI・レントゲンを撮ってもらったが
まったく異常なしとのこと
いまだ、この痺れは気になるが「様子見」で片付けられてるのだ。
腫瘍の細胞検査は「良性でした」とのこと
私は運の強い女のようです。
3月16日 脳腫瘍 その2手術前にはいろいろと「同意書」が必要のようだ
MRI検査造影剤投与に 同意書! CT検査造影剤投与に、同意書! 首から心臓近く部分(中心静脈カテーテル・肺動脈カテーテル)留置に 同意書! 全身麻酔 同意書! 手術に 同意書! そんでもって 「髪は女の命」というにもかかわらず 髪の毛を剃ることに関しての同意書は求められなかったぞ!! 朝8:00手術室に入って麻酔を打たれて まったく意識がなくなって 髪の毛を剃る・カテーテル・尿道管挿入等々 やりたい放題・やられ放題。 手術が終わったのは12:00ぐらいらしい 集中治療室へ直行 そこで覚醒されたようだ 「○○さん!息して!息して!!」 が最初に聞いた言葉 えっ!私、息してないんだぁ~~~ 何度も何度も呼吸の催促 冷静にびっくりした。 「○○さん、お名前は?」 また、また!!びっくり 声が出ないのだ。のどが震えないのだ 声を出すまでに時間がかかった。 声が出て、名前・生年月日が言えて 山を乗り越えたようだ ここで家族は開放されたようだ。時刻14:30 ありがとう。ありがとう 集中治療室に24時間入っていた 動くこともできず 水も飲ませてもらえなく辛かった 何時間のちだろうか?氷ひとかけらくれた 大切に大切に口の中で転がした。 幻覚を見た 壁際のいすに女の人が微動だしないで座っている いったいあれは誰だったんだろうか? 誰に聞いても 集中治療室には見舞いにはいってないという 手術次の日(3/2)お昼ごろ病棟に戻る。 3月14日 脳腫瘍2月のはじめごろ右足・右腕に痺れを感じ始める。
「脳梗塞」を心配した。
倒れてからでは手遅れと脳神経科の受診・MR検査
一週間後恐る恐る結果を聞きに行った。
「脳梗塞」の心配はありませんが「脳腫瘍」が見つかりました。
ぐわぁ~~~~~~~ん
癌が脳に転移それしか考えられなかった。
いよいよきたかぁ~~~~
私の命も今年いっぱいか・・・・・
良性か悪性かは腫瘍を取って細胞検査するまでわからない。
このまま知らん顔をしてれば
腫瘍が大きくなって脳神経に異常が出る。
選択肢なしの手術しかないじゃん
息子に遺言を残す
悪性であっても抗がん剤治療等一切やらないこと
預金(わずかではあるが)息子の通帳に移す。
等々
入院前はないかと忙しかった。
入院して身体が休まる。
3月1日に手術が決まる。
執刀の先生をはじめほか3名の先生・病棟の看護婦さん・手術に立ち会う看護婦さん
みんなが毎日来てくれる
「大丈夫だからね」と励ましてくれる。
その言葉を聞くたびにだんだん怖くなっていく
手術前日もしっかり寝られる
当日も不安などない。
なんでこんなに図太い神経なんだろう? 1月26日 PCが壊れたときに読んだ本1月12日早朝突然PCが壊れた
販売元に電話したものの
さっぱり動かない
13日から17日までは広島帰省(母の一周忌)
18日にPCを入院させる手配を取る
PCが戻ってきたのは23日夕方
HDDの取替え45000円かかった。
「買ったときの状態」で帰ってきたPCの設定に手間取ること
1日半・・・・・・疲れた。
PCがない生活もなかなか新鮮でよかった
PCオタクになりきっていた私にはいい刺激だった
とにかく新聞・本が読める喜びがあった
「奇想、天を動かす」 島田 荘司
奇妙なストーリーだった。
「魂萌え!」 上・下 桐野 夏生
近い将来経験するかも・・・・と身近に感じてあっ!というまに読み上げる
「ダーク」 上・下 桐野 夏生
この人の本は読みやすい。好きだ。
1月11日 今年初のジム友人Kさんにメールした。
ジム行きたいけどその気になれない。悶々としてる
さそってぇ~~~
Kさんも同じことを考えたようだ
行った。スカッシュをやった
まったく体が動かない。
参った。参った。ものすごくやばい。
昨年から体重計に乗っていない
怖くて乗れないのだ。
夕べ正座したら座高が高くなってる
参った。参った。ものすごくやばい。
楽して簡単に痩せられる方法はないか?
誰か助けてください。 1月10日 息子の成人式無事成人式まで育ってくれました
そ・れ・も・・・・いい子に♪
家族写真をちゃんとした写真館で撮りたかったが
家庭の諸事情で断念。
成人式会場にぶらぶらいってもいいか?と聞けば
いいよと言ってくれたのでぶらぶら・・・
知ってる子がいたらデジカメぱちりしよと思ったが
まったく誰が誰だかわからない
ちっちゃくかわいい頃の記憶しかないから探しきれませんでした。
残念。
華やかな会場周辺に酔いしれたひと時でした 1月5日 隅田川七福神めぐり友人Mさんと
3日に下町隅田川七福神めぐりをしました。
歩きました。疲れました。
途中ブラシの老舗「まーぶる」で玄関たたき用のほうきを購入
(正月早々なにを買ってるんだ?と思いつつも目に付いたから購入)
浅草に来たからには「駒形どぜう」を食べようと空腹・疲労にもかかわらずがんばってお店に・・・
なっ!なんと!!想像以上の長蛇の列。あきらめました。
で、さらにがんばって大江戸線で月島へもんじゃ食べました。
家に着いて夜11時までぐっすり夕寝。
七福神めぐりの3ケ日でした。
めでたし。めでたし。
1月4日 調布七福神めぐり元旦からどこに行くあてもなく
友人FちゃんとKさんに「ひまぁ~~どっかいこぉ~^」とメールを出した
Kさんには振られた
Fちゃんから「いいよぉ~」と返事が来た
で、「調布七福神めぐりしよぉ~」と誘った。
出発が遅く1日は4箇所しか回れなかった。
2日に残りを回った。
自転車暴走族Fちゃんについていくのは大変だった。
七つのお寺で5円玉三個お賽銭
願い事は
1、息子の健康
2、私の癌再発しませんように
3、ばあちゃんが楽になりますように
うん?3番取り方によっては鬼嫁発言じゃないか?
仏に誓ってそんな邪心はございませんからぁ~ 2007年明けました喪中につき新年の挨拶は控えます。
今年もよろしくお願いいたします。 12月29日 癌検診 検査結果一回目の手術からちょうど二年だ
5年は持つと思ったが
いや、もう再発しないと思っていた。
なっちゃったもんはしょうがないな
この先どう生きるかが問題だよな
どう生きたらいいのか正直わからない・・・・
抗がん剤治療をするべきか
このまま自然に生きるべきか
だって、自分自身いたって健康体
どこも悪いとこなしの元気印なのに
わざわざ抗がん剤を打って身体弱めることもないもんなぁ~~
と、この二週間悩みに悩んで
体重2キロ増
今日、乳癌の担当医の前に座った
レントゲンやマンモの写真を光に当ててしかめっ面
やばいなぁ~~やばいぞぉ~~
ま、覚悟は決まってるから素直に受け入れるぞっ!
なんでも告知してくれぃ!!
先生曰く 「大丈夫だ。次、半年後に遊びにおいで♪」
私質問 「放射線科の先生が血液検査で、なにやら数値が高い。
再発の疑いあり。
2度癌をやった人は3度目なる可能性は非常に高いって、言われましたが・・・
先週の血液検査と比較してどうなってますか?」
先生曰く 「大丈夫。大丈夫。なんの問題もないよ。」 へなへなぁ~~~と緊張が崩れた
肩透かしだ・・・
なっ!!なんなんだっ!!この二週間の悩みは!!
胃に穴が開いちゃったんだぞっ!!(うそ)
少なくとも来年は元気で生きていけそうだ
12月22日 タイヤ交換昨日はKさんと
スカッシュ30分汗を流す。
打ち返し59回記録更新。
ハンバーグランチでカロリー消費は水の泡
息子は今日から冬休み
今年の夏に免許取得
きっと車で遠出の予定を入れるだろう
FF車。スタットレスに履き替えておかなければ・・・・
じじと私だけが運転のときは
危険な日は車を使わないようにしていたが
そうもいかないだろう
母心でした 12月21日 定期検診昨日、午後から自分の病院へ
マンモとエコー
どこか気になるところありますか?と問われ
あるにはあるが上手く表現できないので
「ありません」といった
病院に対して不信感もあるし
前日ジムのマシンのがんばりでただの筋肉痛かもしれないし
すべて29日の検査結果から次の道を決めよう 12月20日 ばあちゃんを病院へ行きつけの診療所にて紹介状を書いてもらい
本日
ばあちゃんの病院付き添い
MRを撮る。
脳梗塞の進行はないようだ。一安心
最近の歩行困難・言葉が聞き取れない症状は
糖尿病のせいらしい。
甘い物好きのばあちゃんにはきついかな?
自己管理してもらうしかない。
調布病院 大桃先生
とても感じのいい先生だった。 12月19日 試写会「大奥」国際フォーラムにて鑑賞
錚々たる顔ぶれの舞台挨拶
着物がきれいだったぁ~~
誰しもご存知の内容。愛情・欲望・見栄・嫉妬・執念・・・・
おぉ~こわっ!
国際フォーラムは松山千春のコンサート会場
いつも・・いつも・・・二階席の上のほーから米粒の千春ちゃんに酔いしれてるのに
昨日の席は一階席22列目のほぼ中央
あぁ~~一度でいい。こんないい席で千春ちゃんをみつめたい。
去年で終わったミレナリオ
今年も規模を小さくしてやってるとか
チャンス♪とデジカメを持参で行った。
えぇ~~これだけぇ~~?
先日はFちゃんと昭和記念公園のイルミネーション
昨日はKさんと丸の内イルミネーション
二つも見ることができて満足♪満足♪(フゥ~)
12月18日 今年うれしかったこと今年忘れられないうれしいことのひとつ
クロール25m泳げるようになった。
3年前になるだろうか
友人Kさんとスポーツジムでのプールデビュー
ビフォーの写真を撮ったっけなぁ~
「数年前はこんなに太っていたのにねぇ~!今はこんなにスリムになって・・・♪」と
肩を抱き合って喜ぼうと意気揚々♪♪♪
でも・・・アフターの写真はいまだ撮れない。
顔もスタイルも美しいKさん。オブラートなしの言葉の正直者のKさん。
私の泳ぐ姿を見て「溺れてるのかと思った。」言ったっけなぁ~
たっ!たしかに・・・・
アレから3年いくらがんばっても美しく泳げない・息継ぎが出来ない。
そんなこんなで、クロール25mを目標に
マンツーマンの指導(別途有料)を受け、
まだまだきれいな泳ぎとはいえないが25m泳げるようになった。
うれしかったなぁ~~
来年は「美」を追求した泳ぎに挑戦だ
12月17日 心機一転しばらくブログから遠のいていました
自分の家(ブログ)なのに敷居が高くなってしまい上がることに躊躇していました。
心機一転。再開(新装オープン)しようと決心
三日坊主になるなよ!と自分をよく知ってる自分の声が身体中に響き渡る
今年は
01月14日実母の他界から始まって 10月08日の同居の義父の死 先日の定期検診で3度目の癌再発の疑いありといわれ・・・・ 来週再検査があり 今年最後の最後29日に検査結果がある程度わかる予定。 大変な一年だったなぁ~~ 昨年も色々あったし・・・ 一昨年も・・その前も・・ いつになったら「いい一年だったなぁ~」と いえるようになるのか? 「幸も不幸も自分しだい」 「人間万事塞翁が馬」 来年に期待して今年を締めよう 10月9日 じいちゃんが死んだ昨日(8日)朝9:30にここのじいちゃんが死んだ
腹痛を訴え、夜中に救急病院へ搬送。
そのまま逝っちゃった。
初めての病院で24時間以内に死んだ場合
そこの医者は死亡診断書は書けないらしく
警察が入って検死
「腸閉塞」だった
うちにじじが帰ってきたのは夕方暗くなってからだった
あまりに突然の死でした
旦那の兄弟はみんな近くにいるので
協力し合って時間が進んでいます
「友引」が10日にあるので通夜・告別式は11日・12日になってしまった。
結構この間の二日間時間をつぶすのが大変だ 10月5日 ばあちゃんが・・の続き夜中2時・3時に散歩に行く
珍しいことではない
しっかり意識を持っての散歩と解釈している
前記のようなことがあった翌日だから
じいちゃんが心配して内線で「ばあちゃんがいないよ」と言ってきた
「心配ないよ。30分で帰ってくるよ」といってもオロオロしてる
そんな会話の最中にのんびり帰ってきた
夜中に起こされたよぉ~~
きっと皆さんは『大変ねぇ~』と思われるでしょうが
眠ければしっかりお昼寝しますから大丈夫
さて!わたくしもぎっくり腰ほぼ治りました。ので
本日よりスポーツジム再開いたします。これから行ってきます
が・・・が・・・しばらくは体重計には乗りません。 10月3日 ばあちゃんが・・・・昼と夜が逆転しちゃった。
今朝7:30に朝食を食べながら
じいちゃんに「早く夕飯食べなさい」と言ってる
じいちゃんはじいちゃんで「俺おかしくなった。昼と夜がわからなくなってきた」と言う
「じいちゃんが正しいんだよ。ばあちゃんが勘違いしてるよ」と言うと
ばあちゃんはむきになって言う
時計を指差して「夜の7:30だよ!夕食食べてるんだよ!!」と・・・
先日の日曜日の夜中(正確には月曜日の明け方2時)
私を内線で呼んだらしいのだが熟睡中で気がつかなかった
近くに住む3男のところに電話して
「夕食食べてないんだよ。弁当買ってきてくれ」と言ったらしい
一過性のことと思っていたが
連日のこととなると、いよいよ来たかぁ~
皆目見当つかない介護、怖い。不安。
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